教育係の越岡さん。

 

なんだっけかな。越岡さん(ふぉ~ゆ~の越岡裕貴さんね)がスーツだかそれに近い服装を着ている写真を見て早数年。そこからずっと教育係の越岡さんって言う妄想が私の頭の片隅にあるんです。

 

「やっば…」

書類を提出する前にミスに気づけなかった。

越岡さんにはいつも最後の確認には細心の注意を払うようにって言われていたのに。

 

提出した書類を手にデスクで固まっていると隣のフロア2課の同期、仲田くんがやってきます。

 

「〇〇、おつかれ~。この資料って1課にある~?って何固まってんの」

「…どうしよう、提出した書類間違ってた。え、本当にどうしよう。これ、あの」

「ちょっと落ち着けって!この書類?どこ間違えちゃったの?」

 

今まで小さなミスはしていても、今回みたいに大きなミスをしてしまったのは初めてでパニックになっている〇〇。そんな姿を初めて見た仲田くん。仲田くんもあたふたしながらも〇〇を助けようとします。

 

「ここの数字がね昨年のままで、そうするとその下の数字も全部変わってきて、」

「なるほどね。本来の締切は明後日なんだね。そしたらいったん書類返してもらえないかなー…、これって今どこにあるの?」

「昨日出したから、まだ経理課にあると思う…」

「げ、経理課か…」

 

頭が回らない〇〇に変わって適切な指示を出す仲田くん。経理課には嫌味で面倒な課長がいることで有名。仲田くんは自身の教育係の福田さんに「あそこの課長はうるさいからな!何か提出するときはぜっっったい気を付けろよ!」と毎回釘をさされています。

 

「わたし、経理課にいったん書類返してもらえるかお願いしてみる」

「ちょっとまって、その前に越岡さんに相談した方がいいんじゃない?」

「でも越岡さん今日重要なプレゼンで朝からバタバタしてるし…、自分でやれるとこまではやってみる」

 

今日は1課と2課合同のプレゼンです。仲田くんが借りに来た資料もそのプレゼンで使う資料なのです。そのことを思い出し、〇〇から資料を借りた仲田くん。

 

「さんきゅ。でも本当に、毎回毎回福田さんにあの課長は気を付けろってめっちゃ言われてるくらいだから!何かあったらプレゼンの休憩中でも越岡さんに言った方がいいぞ!」

 

仲田くんは〇〇を気にしつつも、自身もプレゼンの手伝いがあるのでその場を後にします。

 

 

「おつかれさまです、1課の〇〇です。昨日提出した書類のことで相談があるのですが…」

経理課に電話をした〇〇。その書類は経理課にはあるけど、すでに課長の審査中とのことで電話が課長に変わります。課長の最初の一言で、仲田くんが言っていた気を付けろって意味がわかります。いきさつを話し書類の返却を依頼しますが、すぐにうんとはなりません。提出する前に再度確認をしろ、2度手間だ、数字を間違えるのは論外、社会人としてどうなんだ、そもそも今年の新入社員は…など話も脱線、声も大きくなります。

 

ぐちぐち嫌味を言われること約10分、直接経理課まで書類を取りに来ることで返却の許可をもらいます

「このあと会議に入るから、17時に来るように。教育係は誰なんだ?…あぁ、越岡な。まったくどんな指導をしているんだか…」

 

越岡さんは自分の仕事が忙しくてもいつも自分のことを気にかけてくれているのに、自分のミスで越岡さんがこんな風に言われてしまい、尚更越岡さんには迷惑をかけず自分でなんとかしようと思ってしまいます。

 

 

「課長、お忙しいところ申し訳ありません。1課の〇〇です。先ほど連絡した書類の件なのですが…」

 

課長は〇〇の顔を見たとたん、さっき電話越しに言ってきたことを再度言ってきます。

言われていることは同じだけど、電話越しと直接では迫力が違います。また、自分に向けられる言葉だけが静かなフロアに響き、その冷たい空気に泣きそうになってしまいます。

 

「越岡は泣けば許してくれるかもしれんが、会社って言うのはそうもいかないからな。上が上だから下もこんな風に育つんだよなぁ…。本当にあいつはどういう指導をしているんだか…」

 

教育係としての越岡さんのことを知らない課長にひどいことを言われ、課長相手でもさすがに腹が立ちます。越岡さんの前で泣いたことはないし、越岡さんの指導が悪いわけじゃないのに。全部自分の不注意なのに。

 

「今回は完全に私の不注意で、越岡さんは関係ありま「課長、この度はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。」

 

〇〇の言葉を遮ったのは越岡さんでした。

 

「〇〇は泣けば許されると思っているような子ではありません。ミスを転嫁することなく、自分で解決しようとする真面目な子です。今回は全て私の確認不足です。この書類については本日中に訂正したものを再提出しますので、再度ご確認をお願いします」

 

頭がついていけない〇〇と、その隣で課長から書類を返してもらう越岡さん。

行くぞ、と言われて課長に一礼してから越岡さんの後についていきます。

 

越岡さんが来てくれた安心感と自分の不甲斐なさと、色々な感情が混ざり歩きながら涙がこぼれてしまいます。越岡さんにお礼を言わなきゃなのに、涙が溢れて言葉が出てきません。そんな〇〇を気遣って、越岡さんが足を止めたのは1課ではなく休憩所でした。

 

「何がいい?いつも通りミルクティーでいい?」

「…はい」

 

越岡さんは〇〇がミスをしたり落ち込んでいると、ここへ連れ出して話を聞いてくれます。〇〇はミルクティー、越岡さんはコーヒーを片手に。

 

「越岡さん、さっきは本当にすみませんでした…」

「さっきってどのこと?」

「私のミスを庇ってもらって、越岡さんは悪くないのに全部自分のせいだって課長に…」

「そのことはね、別にいいんだ。経理に出す書類なのに最後に俺が確認しなかったのが悪かったから。それよりも反省してもらいたい点があるんだけど、なんだと思う?」

 

越岡さんは最初から正解を示すのではなく、〇〇に考えさせ、そのうえで話を進めます。

 

「…越岡さんに何も言わなかったこと、ですか?」

「そう。何かあったら必ず俺に言ってって言ったよね」

「でも、今日はプレゼンがあって大変そうだったから…」

「でも、じゃない。どんなに忙しそうでも大変そうでも、俺に必ず言うこと。今回は何とかなったけど、そうじゃないケースもあるでしょ。それこそ〇〇の勝手な判断で1課全体に迷惑をかけることもあるんだよ?」

 

越岡さんにそう言われて、自分のことしか考えていなかったことに気づきます。

 

「すみません…、私、越岡さんに迷惑をかけてたくないからって自分のことしか考えてませんでした」

「これからはどんなときでも必ず俺に言うこと、わかった?」

「はい…」

 

「じゃあこの話は終わり!課に戻ろっか。戻ったらびっくりすると思うよ?(笑)」

 

越岡さんは後輩に注意するときとそうじゃないときの切り替えが上手なんです。

注意するときは強めの口調になるけど、後輩が納得、理解したらそこで注意は終わり、いつもの口調に戻るんです。後輩に反省はしてもらいたいけど引きずってもらいたくないから。そのあたりの指導の仕方がピカイチなんです。

 

 

「今日はみんなよくやった!今日は祝杯だー!」

「それにしてもうまくいってよかったなー!」

 

自分の課に戻るとプレゼンに出ていたメンバーがわいわいと嬉しそうに会話をしています。いつもは仏頂面の先輩も笑顔だったのでびっくりします。どうやら今日のプレゼンがうまくいったようです。

 

「ね?びっくりしたでしょ?(笑)」

「はい…、▽▽さんがあそこまで笑ってるのめて見ました…」

「レアだからね、次いつ見れるかわからないよ」

 

席に着くと越岡さんの周りには数人の先輩方が寄ってきます。

 

「おぉ、越岡!今回の立役者!どこ行ってたんだよ~、おまえと2課の福田のおかげだぞー!」「もう仕事は切り上げて飲み行くぞ!」「〇〇、今日越岡が凄かったんだぞ~」

 

今日のプレゼンは越岡さんと2課の福田さん(越岡さんの同期)が中心となっていて、2人のプレゼンが凄いってことは手伝いをしていた仲田くんからも聞いていました。

今回の成功を祝ってプレゼンメンバーは飲みに行くようです。〇〇は越岡さんが机に置いた例の書類の訂正に取り掛かります。

 

 

 

 

 

 

 

主人公:新入社員。

越岡さん:主人公の教育係。

なかだひろき:同期。隣のフロア。

福田さん:なかだひろきの教育係。